調査費用を加害社員に請求できるか?判例と実務
「横領の証拠をつかむために調査会社に50万円払ったが、この費用も加害者に請求できるか」
「弁護士費用や調査費用を損害賠償に含めることができると聞いたが、どのくらいまで認められるか」
「示談交渉の際に調査費用を含めた金額を請求したい。どう組み込めばよいか」
不正調査にかかった費用を加害者に請求できるかは、調査を依頼する際の判断材料の一つです。裁判例では、一定の条件のもとで調査費用の一部または全部が損害として認められたものがあります。ただし、全額が認められるとは限らず、不正行為とのつながりや、費用の金額が妥当かどうかが問われます。
本記事では、調査費用を損害として請求するときの考え方・裁判例の傾向・認められやすい費用と認められにくい費用・請求の実務・示談への組み込み方を整理します。
個別事案で調査費用がどこまで損害として認められるかは、不正の内容と証拠、費用の妥当性によって異なるため、最終判断は弁護士に確認してください。
調査費用を損害として請求するときの考え方

調査費用を加害者に請求する根拠としては、主に不法行為による損害賠償(民法709条)が考えられます。社員の場合は、雇用契約上の義務に違反したことによる損害賠償(民法415条)が問題になることもあります。
いずれの場合も、不正行為と調査費用の発生との間に相当な因果関係があると認められれば、調査費用が損害に含まれることがあります。
| 確認されるポイント | 内容 | 注意点 |
|---|---|---|
| 不正行為があったか | 横領・情報漏洩などの不正行為が証拠で示せること | 不正行為が認められなければ、調査費用の請求も認められにくい |
| 因果関係 | その不正行為があったために調査が必要になったといえること | 不正と関係のない調査は含まれにくい |
| 費用の妥当性 | 調査費用の金額が、不正の規模や調査の必要性に照らして妥当な範囲であること | 過大と判断された部分は減額されることがある |
| 支出の裏付け | 契約書・領収書・振込記録などで支出が確認できること | 書類で裏付けられない費用(社内担当者の人件費など)は認められにくい |
調査費用は、横領額などの不正行為そのものによる損害とあわせて請求されることが一般的です。横領額の返還と調査費用の請求をまとめて求めることは考えられますが、調査費用がどこまで認められるかは事案ごとに判断されます。
なお、会社が社員に損害賠償を求める場合、過失によるミスなどでは、請求できる範囲が信義則によって制限されることがあるとされています。故意の横領などとは事情が異なるため、あわせて弁護士に確認してください。
裁判例の傾向
裁判例では、一定の条件のもとで調査費用や弁護士費用が損害として認められたものがあります。以下は大まかな傾向を整理したもので、個別の事案では判断が異なります。
調査費用が損害に含まれた例の傾向

| 案件の類型 | 損害に含まれることがある費用 | 注意点 |
|---|---|---|
| 横領 | 横領の事実や金額を確認するために要した調査費用の全部または一部 | 調査の範囲や金額によっては一部のみとされることがある |
| 情報漏洩・営業秘密の侵害 | 漏洩の経路や範囲を確認するための解析費用(フォレンジック会社への支払いなど) | 情報が秘密として管理されていたかなどが前提として問われる |
| 競業避止義務違反 | 競業行為の事実を確認するための調査費用 | 競業避止の合意が有効かどうかが先に問われる |
| 弁護士費用 | 不法行為の損害賠償を求める訴訟で、認められた損害額の1割程度とされることが多い | 実際に支払った全額が認められるわけではない |
弁護士費用は、民事訴訟では原則として各自の負担とされています。ただし、不法行為の損害賠償を求める訴訟では、相当と認められる範囲で弁護士費用が損害に含められることがあります。実務では、認められた損害額の1割程度とされることが多いといわれていますが、裁判所の判断によります。
調査費用が認められにくい、または減額されやすいケース
- 調査費用が不正の規模に比べて明らかに大きい場合
- 調査の必要性が低く、社内で対応できたと判断された場合
- 調査の範囲が、不正行為の確認に必要な範囲を超えている場合(別の件もあわせて調べた場合など)
- 費用の支出を確認できる書類が不十分な場合
認められやすい費用と認められにくい費用

どの費用が損害として認められやすいかを事前に把握しておくと、請求の見通しを立てやすくなります。
| 費用の種類 | 傾向 | 注意点 |
|---|---|---|
| 調査会社・フォレンジック会社への支払い | 不正の確認に必要だったと示せれば、損害に含まれることがある | 契約書・領収書・振込記録があり、調査の目的が不正行為の確認と結びついていること |
| 弁護士費用 | 一部が認められることがある | 支払った全額が認められるとは限らない |
| 社内担当者の人件費 | 認められにくい | 通常の給与の範囲内であれば、不正によって新たに生じた支出とはいいにくい |
| 不正の規模に比べて大きすぎる調査費用 | 一部のみとされることがある | 相当な範囲を超える部分は減額されることがある |
| 不正と関係のない調査費用 | 認められにくい | 不正行為との因果関係がない費用は、損害に含まれにくい |
請求に備えて、事前に準備しておきたいことは3つです。調査会社との契約書に、調査の目的を具体的に記載してもらうこと。領収書と振込記録をすべて保管すること。調査の内容が、不正行為の確認に必要な範囲に限られていることを報告書で示せるようにしておくこと。これらがそろっていても認められるとは限りませんが、請求の根拠を説明しやすくなります。
請求の実務
実際に調査費用を加害者に請求する際の流れを整理します。
損害賠償請求の組み立て方
調査費用を含めて損害賠償を求める場合は、次の要素を整理したうえで、弁護士が請求書や訴状を作成します。
- 不正行為そのものによる損害(横領額など)の算定と証拠
- 調査費用の明細(調査会社への支払い・弁護士費用・その他の実費)と証拠書類
- それぞれの費用が不正行為によって必要になったことの説明
- 請求額の合計
内容証明による請求
訴訟の前に、弁護士が内容証明郵便で損害賠償を請求することが多くあります。内容証明による請求は民法上の催告にあたり、催告の時から6か月間は時効の完成が猶予されるとされています(民法150条)。この間に訴訟などの手続きをとらないと、時効の完成は止まりません。
調査費用を請求する際に必要な書類

| 書類の種類 | 内容・注意点 |
|---|---|
| 調査会社との契約書 | 調査の目的・内容・費用の根拠が記載されているもの。依頼の際に目的を具体的に記載してもらう |
| 調査費用の領収書・振込記録 | 実際の支出を確認できる書類。電子明細でもよい。金額・宛先・日付が確認できること |
| 調査報告書 | 調査の内容と結果が記載されたもの。不正行為の確認を目的とした調査であることがわかること |
| 弁護士費用の領収書 | 弁護士への支払いの記録。相談料・着手金・実費の内訳が確認できること |
調査費用を損害として請求できるか、どの順序で進めるかを整理したい場合は、状況をお聞きしたうえで進め方の整理をお手伝いします。
示談への組み込み
訴訟ではなく示談で解決する場合でも、調査費用を含めた金額を請求の根拠として示すことは考えられます。示談での扱い方を整理します。
示談での請求の考え方
示談では、損害として説明できる金額の合計を示し、そこから話し合う形をとることが一般的です。調査費用を含める場合も、なぜその費用が必要になったかを説明できるようにしておきます。
- 不正行為そのものによる損害(横領額など)と、調査費用・弁護士費用の一部を分けて示す
- 分割での返済を合意する場合は、調査費用を含めるかどうかも含めて、返済の総額と条件を書面にする
- 示談書に「本件に関してほかに債権債務がないことを確認する」という清算の条項を入れると、会社側も後から追加で請求できなくなるとされています。損害の全体を確認してから合意する
示談書への調査費用の記載
示談書に「調査費用○○円を含む損害合計○○円を支払う」という形で調査費用を記載しておくと、何に対する支払いかが明確になり、後から内訳をめぐって争いになることを防ぎやすくなります。
刑事告訴と示談の関係
刑事告訴を検討している状況で示談の話し合いを行うことはあります。ただし、「告訴しないこと」や「告訴を取り下げること」を条件に金銭の支払いを強く迫ると、恐喝などに問われるおそれがあるとされています。
また、告訴を取り下げても、業務上横領などの事件では捜査や処分が続くことがあります。告訴と示談をどう扱うかは、必ず弁護士に相談したうえで進めてください。
加害者側から「本当にその金額がかかったのか」と確認を求められることがあります。その場合は、調査会社との契約書や領収書を示すことで説明しやすくなります。ただし、報告書や契約書には調査の内容が含まれるため、どこまで開示するかは弁護士と相談して決めてください。
まとめ
調査費用は、不正行為との相当な因果関係が認められる場合に、損害に含まれることがあります。全額が認められるとは限りませんが、契約書に目的を記載する、領収書を保管する、調査の範囲を必要なものに絞るといった準備をしておくと、請求の根拠を説明しやすくなります。
- 調査費用を請求するときは、不正行為があったか・因果関係・費用の妥当性・支出の裏付けが確認される
- 調査会社などへの支払いは損害に含まれることがあり、弁護士費用は一部が認められることがある。社内の人件費は認められにくい
- 契約書に調査の目的を記載し、領収書を保管し、調査の範囲を必要なものに絞っておく
- 示談では、損害の内訳を分けて示し、清算の条項は損害の全体を確認してから入れる
- 刑事告訴を示談の条件として強く迫ることは避け、告訴と示談の扱いは弁護士に相談する
調査を依頼する前の段階でも、費用の見通しと、請求を検討する場合の進め方を整理することができます。
関連記事:横領したお金を返済させるには?弁済合意と誓約書の作り方
よくある質問(FAQ)
加害者が「調査費用までは払えない」と言った場合、どうすればよいですか?
まず横領額など不正行為そのものによる損害の返還を優先し、調査費用はその後の話し合いで扱う方法が考えられます。
相手方の支払能力が限られている場合は、どこまで求めるか、分割にするかなどを検討することになります。和解の金額や条件は事案によって異なるため、弁護士と相談して決めてください。
調査を始める前に、調査費用を請求することを加害者に伝えた方がよいですか?
おすすめしません。調査の前に本人に知らせると、証拠の隠滅や口裏合わせにつながるおそれがあります。
請求は、調査で事実を確認し、弁護士と見通しを整理してから検討するのが一般的です。
調査費用を回収できなかった場合、税務上はどう扱いますか?
調査費用そのものは、支払った時点で経費として扱われる場合があります。一方、加害者に対する損害賠償の請求権を資産として計上している場合、その回収ができなくなったときの扱いは別に検討が必要です。
どのように処理するかは状況によって異なるため、税理士に確認してください。
