横領したお金を返済させるには?弁済合意と誓約書の作り方
従業員の横領が判明すると、会社としては「一刻も早く返してほしい」と考えるのが自然です。
しかし、証拠を固める前に返済を迫ったり、曖昧な誓約書だけを作ったりすると、金額を争われ、分割払いが止まり、結局もう一度交渉や裁判が必要になることがあります。
横領金の弁済は、本人が認めたという一言だけでは安定しません。
何の債務を、いくら、いつ、どの方法で支払うのか。
不履行なら何が起きるのか。会社が持つ証拠と本人の認識を、後から第三者が読んでも分かる形に落とし込む必要があります。
この記事では、証拠保全から弁済合意書・誓約書、公正証書、不履行時の対応までを企業向けに整理します。文例は検討用のたたき台であり、個別案件への適用や相手との交渉は弁護士に依頼してください。
調査会社は証拠収集・整理を支援できますが、請求や示談交渉、強制執行を代理することはできません。
横領発覚後に取り得る回収の選択肢

横領被害の回復方法は、任意の返済だけではありません。
証拠、被害額、本人の資力、会社の方針に応じて、複数の選択肢を比較します。刑事告訴は処罰を求める制度であり、弁済を強制するための手段ではない点が重要です。
| 選択肢 | 向いている場面 | 主な注意点 |
|---|---|---|
| 任意の一括弁済 | 金額に争いがなく支払原資がある | 受領記録と清算範囲を残す |
| 分割弁済の合意 | 一括では難しいが継続収入がある | 期限の利益喪失、遅延損害金、連絡義務を検討 |
| 強制執行認諾文言付公正証書 | 金銭債務が特定でき、本人が作成に協力する | 条項と必要書類を弁護士・公証役場へ確認 |
| 支払督促・民事訴訟 | 金額や責任を争う、任意合意が困難 | 時間・費用と保全の必要性を検討 |
| 刑事告訴・被害届 | 犯罪事実の捜査・処罰を求める | 回収を保証せず、民事と目的を分ける |
選択肢は排他的ではありません。任意合意を公正証書にしつつ、必要に応じて刑事手続を弁護士と検討する場合もあります。
ただし「告訴を取り下げる代わりに払え」など、刑事手続を不当に利用したと受け取られかねない交渉は避け、弁護士主導で進めてください。
弁済交渉より先に証拠と被害額を固める
返済の話を始める前に、少なくとも「行為」「金額」「本人との結び付き」を整理します。
本人に気付かれると消える可能性があるログや映像は先に保全します。金額が暫定なら、確定額と調査中の額を混ぜないことも重要です。
- 帳簿、銀行明細、領収書、発注書、在庫記録などの原本を確保する。
- 各不正取引について、日付、金額、方法、関係者、裏付け資料番号を一覧化する。
- 会社が直接被った損害と、調査費用・逸失利益など別途検討が必要な項目を分ける。
- 本人の自認は、具体的な行為と金額ごとに確認し、客観資料と突合する。
- 私物端末への無断アクセス、威圧的な聴取、長時間拘束を避ける。
よくある失敗は、総額だけを示してその場で署名させることです。
後から「内訳を知らなかった」「会社に言われるまま書いた」と争われる余地が残ります。証拠一覧と被害明細を別紙にし、合意書から参照できる形にすると、債務の特定が明確になります。
弁済合意のメリットと限界
弁済合意書は、会社と本人が事実・債務額・支払条件について合意したことを示す契約書です。
本人が一方的に差し入れる「誓約書」より、双方の権利義務を整理しやすい利点があります。
一方、私文書の合意書だけでは、支払いが止まったときに直ちに給与や預金を差し押さえられるわけではありません。強制執行には判決、仮執行宣言付支払督促、執行証書などの債務名義が必要です。
誓約書と合意書の違い
| 項目 | 弁済誓約書 | 弁済合意書 |
|---|---|---|
| 形式 | 本人が会社へ約束を差し入れる | 会社と本人が条件に合意する |
| 使いどころ | 自認と支払意思を早期に記録 | 金額・分割条件・不履行時を整理 |
| 弱点 | 会社側の合意条件が曖昧になりやすい | 本人の任意性と条項の相当性が必要 |
| 強制執行 | 単独では通常直ちに不可 | 私文書のままでは通常直ちに不可 |
弁済誓約書・合意書に入れる項目

書面の名称より、債務を特定できるかが大切です。最低限、次の項目を検討します。
- 当事者:会社の正式名称・代表者、本人の氏名・住所。
- 対象事実:不正行為の期間、方法、取引。別紙明細を参照してもよい。
- 債務承認:本人が会社に対して負う金銭債務の根拠と金額。
- 支払方法:一括・分割、各期日、振込先、手数料負担。
- 期限の利益喪失:何回・いくらの遅延で残額が一括期限到来となるか。
- 遅延損害金:利率と起算日。法令や相当性を弁護士に確認する。
- 通知義務:住所・勤務先・連絡先を変更した場合の連絡。
- 費用・清算条項:何を合意で解決し、何を留保するか。
- 公正証書:作成義務、費用負担、強制執行認諾文言の検討。
- 署名日・署名押印:本人確認資料、各当事者の保管部数。
横領額が調査中なのに「本件に関する一切の債権債務がない」という全面的な清算条項を入れると、後で判明した追加被害の請求が難しくなるおそれがあります。
逆に、本人側から見れば無限定な追加請求条項は合意しにくく、紛争の種になります。既知の対象期間・行為・金額と、留保する範囲を弁護士と具体化してください。
公正証書化を検討する理由

日本公証人連合会の案内によれば、一定額の金銭支払についての合意と、支払わないときは直ちに強制執行に服する旨の陳述が記載された公正証書は「執行証書」となります。
民事執行法22条5号も、こうした公正証書を債務名義の一つに定めています。
要件を満たせば、改めて確定判決を得ずに強制執行を申し立てられる可能性があります。
ただし、公正証書を作れば自動的に入金されるわけではありません。
本人が作成に協力し、債務額が特定され、強制執行認諾文言が適切に記載されている必要があります。
不履行時には執行文、送達証明などを準備し、裁判所へ強制執行を申し立てます。差押え対象の有無や優先債権によって、実際に回収できる金額は変わります。
公正証書にする前の確認事項
- 債務の発生原因と金額が特定されているか。
- 本人が内容を理解し、自由な意思で合意しているか。
- 分割期日、期限の利益喪失、遅延損害金が明確か。
- 追加被害が判明した場合の扱いと清算範囲が明確か。
- 必要書類、代理人手続、手数料、原本・正本・謄本の取得方法を公証役場へ確認したか。
不履行時の対応
支払いが遅れたら、まず入金記録、合意書、公正証書、連絡履歴を確認します。
単なる振込ミスか、支払拒否か、所在不明かで対応は変わります。電話だけで済ませず、連絡日時と回答を残してください。
- 合意書の催告・期限の利益喪失条項に沿って、弁護士から支払請求を行う。
- 執行証書がある場合、執行文・送達証明等を整え、差押え対象と申立先を検討する。
- 私文書の合意書しかない場合、支払督促や訴訟で債務名義を得る必要があるか検討する。
- 財産の散逸が懸念される場合、仮差押えなど保全処分の要件を早急に弁護士へ相談する。
会社が本人の給与から横領金を一方的に天引きすることは避けてください。
賃金全額払いの原則や相殺制限が問題となります。
退職金との相殺、身元保証人への請求、保証人の追加なども個別の法的要件があるため、社内判断だけで進めないことが安全です。
回収可能性を高めるために確認すること
「資産調査をすれば銀行口座の残高まで分かる」といった説明には注意が必要です。
調査会社が無断で口座残高や信用情報を取得することはできません。
強制執行のための財産開示や第三者からの情報取得には、債務名義など法定の要件と裁判所手続があります。
調査会社が支援できるのは、社外での受け渡し、横流し先への出入り、不正取引に関連する人物との接触など、適法な行動調査で確認できる事実を記録し、弁護士が検討できる形に整理することです。
それだけで財産や回収可能性を断定するものではありません。
調査の目的を「回収」ではなく、「どの事実を裏付ける必要があるか」として弁護士と設計してください。
弁護士・調査会社へ渡す資料

| 資料 | 記載内容 | 注意 |
|---|---|---|
| 被害明細 | 日付、金額、手口、証拠番号 | 暫定額と確定額を区別 |
| 本人の確認書 | 本人が認めた事実と金額 | 威圧せず聴取経過を残す |
| 支払能力の申告 | 収入、資産、負債、扶養等の本人申告 | 裏付けの有無を明記 |
| 連絡・支払履歴 | 合意後の入金、督促、回答 | 電話も日時と要旨を記録 |
| 会社方針 | 回収、処分、告訴、再発防止の優先度 | 各目的を混同しない |
まとめ|返済の約束を「実行可能な記録」にする
横領金の弁済を進めるには、まず被害額と証拠を固め、本人の認識を具体的に記録します。
そのうえで、支払額、期日、分割条件、不履行時、清算範囲を弁済合意書に落とし込みます。必要に応じて、強制執行認諾文言付公正証書を検討します。
回収の見込みは、合意書の出来だけでなく、本人の資力、証拠の強さ、保全のタイミングに左右されます。
確実な回収を約束できる方法はありません。法的な請求・交渉は弁護士へ、社内資料では確認できない行動事実の記録や弁護士共有用の時系列整理は、適法な調査会社へ相談してください。
ツミトル証拠保全パートナーズでは、確証がない段階でも、何を社内で保全し、どの事実に外部調査が必要かを状況整理から検討します。
法的判断や交渉は行わず、必要に応じて弁護士共有を前提に証拠・報告書を整えます。
関連記事:業務上横領の証拠がない場合
FAQ
弁済誓約書だけで差押えできますか?
通常、私文書の誓約書だけで直ちに強制執行はできません。判決や仮執行宣言付支払督促、要件を満たす執行証書などの債務名義が必要です。
分割払いは何年まで設定できますか?
一律の正解はありません。本人の収支、回収期間、時効、会社の管理負担を踏まえて設計します。長期化するほど不履行リスクが高まるため、弁護士と現実的な条件を検討してください。
会社が給与から返済分を天引きできますか?
会社の一方的な天引きは、賃金全額払いの原則や相殺制限が問題になります。本人の同意があっても有効性は個別判断のため、実施前に弁護士へ確認してください。
公正証書を作れば必ず回収できますか?
いいえ。強制執行を申し立てやすくなる場合はありますが、差し押さえられる財産がなければ回収できないことがあります。
刑事告訴をすれば返済させられますか?
刑事手続は処罰を求める制度で、弁済を保証しません。回収は民事上の合意や裁判手続として別に検討します。
調査会社は資産や口座残高を調べられますか?
無断で銀行口座残高や信用情報を取得することはできません。調査会社は適法な行動事実の確認や証拠整理を支援し、法定の財産開示等は弁護士・裁判所の手続です。
