退職時の誓約書に書かせるべき条項とは?競業避止・秘密保持の実務ポイント
「退職する社員に誓約書を書かせたいが、雛形をそのまま使ってよいか不安だ」
「競業避止条項を入れたいが、どこまで制限できるか・無効にならないか確認したい」
「誓約書を書かせたのに後から違反された。書き方に問題があったのか知りたい」
退職時の誓約書は、情報漏洩・顧客の引き抜き・競業行為など、退職後のリスクに備えるための書面です。
ただし、書かせれば守られるというものではありません。条項の内容が曖昧であったり、合理的な範囲を超えていたりすると、無効と判断されることがあります。
本記事では、退職時の誓約書の目的・盛り込む5つの条項・無効になるケースと回避策・違反時の対応まで整理します。
個別事案における条項の有効性は、内容と締結の経緯によって異なるため、最終判断は弁護士・社会保険労務士に確認してください。
退職時の誓約書とは?書かせる目的

退職時の誓約書は、秘密保持誓約書、退職誓約書とも呼ばれ、退職者が退職後に守る事項を自署で確認する書面です。
在職中に交わした雇用契約や就業規則とは別に、退職の時点で改めて交わすことに意味があります。
| 期待できる効果 | 内容 | 注意点 |
|---|---|---|
| 義務の明確化 | 退職後も秘密保持などの義務が続くことを、本人が認識していた記録になる | 「知らなかった」という説明を後から出しにくくなる |
| 記録としての機能 | 違反が疑われた際に、義務の存在を示す資料になる | 内容が曖昧だと、資料としての意味も薄くなる |
| 抑止としての機能 | 違反すれば追及され得るという認識が、行動を抑える方向に働く | 意図的に違反する相手には、抑止として働かないことがある |
| 秘密管理の裏づけ | 営業秘密の要件のうち、秘密として管理していたことを示す材料の一つになる | 誓約書だけで要件を満たすわけではない。アクセス制限などの管理も必要 |
入社時の誓約書や就業規則も、退職後の義務の根拠として働きます。そのうえで退職時に改めて交わすことで、退職の直前に持ち出された情報への対応、制限の範囲の確認、本人の認識の記録という点が補強されます。
誓約書に盛り込む5つの条項
盛り込む内容は、自社のリスク、退職者の立場、アクセスしていた情報の範囲によって変わりますが、次の5つが基本になります。
以下に文例を示しますが、そのまま使うためのものではありません。自社の状況に合わせて、弁護士・社会保険労務士と調整したうえで作成してください。
① 秘密保持義務
最も重要な条項です。何が秘密情報にあたるかの定義が曖昧だと、違反を示すことが難しくなります。
第○条(秘密情報の保持) 私は、在職中に知り得た下記に定める秘密情報を、退職後も 第三者に開示・漏洩せず、また、会社の事前の書面による 承諾なしに、いかなる目的にも使用しないことを誓約します。 (秘密情報の範囲) ・顧客情報(顧客名・連絡先・取引条件・購買履歴等) ・価格情報・原価情報・仕入先情報 ・技術上の情報(設計・製造方法・ノウハウ等) ・事業計画・新製品・マーケティング戦略 ・人事・財務に関する非公開情報 ・上記に準ずるものとして会社が秘密として指定した情報
② 競業避止義務
競業避止の条項は、合理的な範囲に収まっていないと無効と判断されることがあります。期間・地域・業種・代償となる措置の4点を明記しておくことが前提になります。
第○条(競業避止) 私は、退職後【 年間】、下記の地域において、会社と競合 する事業を自ら営み、または競合する事業者に雇用され、 もしくは役員として参加しないことを誓約します。 (対象地域):【自社の営業エリアを特定して記載】 (対象業種):【会社の主要事業と直接競合する業種を特定して記載】 ただし、会社が書面で事前に承諾した場合はこの限りでない。 (代償措置):本条項への同意の対価として、会社は 【 】を行うものとする。
③ 顧客への勧誘の禁止
競業避止の条項とは別に、顧客への直接の勧誘を禁じる条項を独立させておくと、競業避止の条項が無効と判断された場合にも、別の根拠が残ります。
第○条(顧客への勧誘の禁止) 私は、退職後【 年間】、在職中に担当または関与した顧客 (取引先を含む)に対して、会社との取引を終了させる目的で 勧誘または接触する行為を行わないことを誓約します。
④ 成果物の取扱いの確認
在職中に作成した成果物の取扱いを、退職時に改めて確認します。ただし、この条項には注意が必要です。
職務上行った発明について、従業者には相当の利益を受ける権利があるとされており、これを一律に放棄させる内容は認められないおそれがあります。また、著作者人格権は譲渡できないものとされています。
「いかなる権利も主張しない」という書き方は避け、自社の職務発明規程との整合を確認したうえで作成してください。
第○条(成果物の取扱い) 私が在職中に業務上作成した著作物・発明・考案・意匠 その他の成果物の取扱いについては、会社の規程および 関係法令の定めによることを確認します。 私は、これらの成果物を会社の承諾なく第三者に開示し、 または自らの事業のために使用しないことを誓約します。
⑤ データ・資料の返還の確認
退職時に、業務に関するデータや資料をすべて返還し、または削除したことを書面で確認します。後になって持ち出しが判明した場合の根拠にもなります。
第○条(資料・データの返還) 私は、退職にあたり、会社の業務に関連するすべての書類・ データ・記録媒体(電子データを含む)を会社に返還し、 または会社の指示に従い削除・廃棄したことを確認します。 私は、これらの情報を複製して保持していないことを 誓約します。
誓約書が無効と判断されるケースと回避策

誓約書を交わしていても、条項の内容や締結の状況によっては、無効または一部無効と判断されることがあります。とくに競業避止の条項は、裁判例で無効とされた例が少なくありません。
| 無効と判断されやすいパターン | 具体的な状況 | 回避の方向 |
|---|---|---|
| 競業避止の範囲が広すぎる | 長期間・全国・全業種といった制限。就労の自由を過度に制限する | 期間を短く設定し、地域は自社の営業エリア、業種は直接競合に限定する |
| 代償となる措置がない | 制限に見合う退職金や手当などがないまま、一方的に制限している | 退職金の加算や手当など、具体的な措置を明記する |
| 本人の立場と不釣り合い | 秘密情報にアクセスしていない立場の人に、広い範囲の競業禁止を課している | 保護すべき情報や顧客との関係に応じて、範囲を調整する |
| 締結の経緯に問題がある | 退職当日に、署名しなければ退職金を出さないといった形で署名させた | 退職日より前に書面を渡し、考える時間を確保する |
| 定義が曖昧すぎる | 「会社の秘密情報すべて」といった記載で、対象が特定できない | 秘密情報の種類を具体的に列挙する |
期間について、裁判例では1年から2年程度を目安とする整理が紹介されることがありますが、年数だけで有効性が決まるわけではありません。本人の立場、保護すべき利益、代償となる措置と合わせて判断されます。
確認しておきたいのは次の6点です。競業避止の期間が過度に長くないか、地域と業種を具体的に特定しているか、代償となる措置を明記しているか、本人の立場とアクセスできた情報に見合った内容か、秘密情報の定義を列挙しているか、強制なく本人が自署しているか。
違約金の定めを置く場合の注意
誓約書に違約金の定めを置きたいという相談がありますが、注意が必要です。
労働基準法16条は、労働契約の不履行について違約金を定めたり、損害賠償の額をあらかじめ決めたりすることを禁じています。退職時の誓約書における違約金の定めがこれに触れるかどうかは、内容によって判断が分かれます。
実際に生じた損害を請求することと、あらかじめ金額を決めておくことは別の話です。定めを置くかどうか、置く場合の書き方は、弁護士に確認してから判断してください。
誓約書に違反された場合の対応
誓約書を交わしていても、違反が疑われた場合には、証拠の確保と手段の選択が必要になります。
誓約書は、違反を防ぐためだけでなく、違反があった場合に追及する根拠としても働きます。
証拠収集の方向性
- 秘密保持の違反:社内のログやメールの転送記録を確認する。フォレンジック調査で持ち出しの痕跡を確認する
- 競業避止の違反:競合先への就職の事実を、公開されている情報から確認する。必要に応じて勤務の実態を確認する
- 顧客への勧誘:元顧客からの情報、売上の推移との照合、外部での接触の記録
調査の対象は、競業や勧誘にあたる行動に限られます。退職者の私生活を調べることは、目的の範囲を超えます。何をどこまで確認するかは、先に決めておいてください。
検討できる手段

| 違反の種類 | 検討できる手段 | 前提になる条件 |
|---|---|---|
| 秘密保持の違反 | 差止めの請求・損害賠償。不正競争防止法にもとづく対応 | 情報が営業秘密の3要件を満たしているか |
| 競業避止の違反 | 差止めの請求・損害賠償 | 条項が有効と判断されることが前提になる |
| 顧客への勧誘 | 差止めの請求・損害賠償。情報の持ち出しを伴う場合は不正競争防止法も | 条項の有効性と、情報を持ち出した事実の確認 |
差止めの仮処分では、担保金の供託を求められることが多くあります。条項が有効であればすぐに止められる、というものではありません。見通しを弁護士に確認しておいてください。
根拠がないまま本人に問い合わせることは避けてください。記録を消される、関係者と口裏を合わせられるといったことが起こります。まず社内のログを確認し、必要に応じて調査を行い、事実を固めてから弁護士と方針を決めてください。
違反の疑いがあるが、何から確認すればよいか分からないという段階でも、状況整理からご相談ください。
まとめ
退職時の誓約書は、適切な条項を、合理的な範囲で交わすことで、情報の持ち出しや競業行為への備えになります。
雛形をそのまま使うことの最大のリスクは、いざというときに無効と判断され、根拠として使えないことです。
- 盛り込む5条項は、秘密保持・競業避止・顧客への勧誘の禁止・成果物の取扱い・データの返還の確認
- 有効性の鍵は、対象の定義を具体的に記載すること
- 競業避止では、期間・地域・業種・代償となる措置の4点を明記する。年数だけで有効性は決まらない
- 成果物の条項で「いかなる権利も主張しない」と書くのは避ける。相当の利益や著作者人格権の問題がある
- 違約金の定めは、労働基準法16条との関係があるため、置く場合は弁護士に確認する
- 違反が疑われた場合は、根拠がないまま問い合わせず、先に記録を確保する
「今後、退職者に誓約書を交わしたい」「既存の誓約書が有効か不安」「違反の疑いがある」という段階でも、状況整理からご相談ください。
関連記事:競業避止義務とは?退職者の競業行為を防ぐ契約条項と実務対応
よくある質問(FAQ)
在職中に誓約書を交わしていない社員が退職する場合、退職時に初めて書かせることはできますか?
交わすこと自体は可能です。ただし、退職の直前に強いる形にならないよう注意してください。署名しなければ退職金を出さないといった対応は、後から効力を争われます。
退職の意向が出た段階で、退職時にお願いしている手続きとして提示し、考える時間を確保してください。あわせて、退職後の行動を縛ることには限界があることを前提に、無理のない範囲で内容を設計してください。
外国人社員が退職する場合、誓約書は日本語で書かせればよいですか?
本人が日本語を十分に理解していることが確認できる場合は日本語のみでも進められますが、理解が不十分な場合は、母国語または英語の訳を添えることを推奨します。
内容を理解していなかったという説明が後から出ることを避けるため、説明した担当者の記録や、内容を確認した旨の書面を残しておいてください。
誓約書に違約金の条項を設けることはできますか?
慎重な検討が必要です。労働基準法16条は、労働契約の不履行について違約金を定めたり、損害賠償の額をあらかじめ決めたりすることを禁じています。
実際に生じた損害を請求することと、あらかじめ金額を決めておくことは別です。また、金額が過大な場合は公序良俗に反するとして効力が争われることもあります。定めを置くかどうかを含め、弁護士に確認してから判断してください。
