就業規則の懲戒規定を見直す|不正に対応できる規定の作り方と運用ポイント

社内不正・社内不倫調査

「横領が発覚したが、就業規則の懲戒解雇事由に明記されていないかもしれず、処分できるか不安だ」

「就業規則はあるが、懲戒規定が『会社の信用を傷つける行為』という抽象的な表現しかない」

「不正社員を辞めさせたいが、就業規則が古くて対応できていないことに気づいた」

懲戒処分は、就業規則に懲戒事由と懲戒の種類が定められ、従業員に周知されていることが前提とされています。この前提が整っていない状態での懲戒処分は、無効と判断されるリスクがあります。

本記事では、懲戒処分に必要な就業規則の要件・懲戒事由の記載の考え方・規定不備のリスク・変更手続き・すでに不正が起きている場合の対応まで、実務に即して整理します。

個別事案における懲戒の有効性や、就業規則の記載が十分かどうかは、事案と規程の内容によって異なるため、最終判断は弁護士・社会保険労務士に確認してください。

懲戒処分を行うために就業規則に必要な規定

懲戒処分が有効とされるためには、就業規則について次の3点が揃っていることが前提とされています。

前提となる要件内容関連する条文・判例
① 懲戒事由の明記どのような行為が懲戒処分の対象になるかが、就業規則に記載されていること最高裁判例(フジ興産事件・平成15年10月10日)
② 懲戒の種類の規定戒告・減給・出勤停止・降格・懲戒解雇など、処分の種類が就業規則に規定されていること労働基準法89条(制裁の種類と程度は記載事項とされている)
③ 従業員への周知就業規則の内容が従業員に周知されていること(掲示・配布・電子的方法のいずれか)労働基準法106条

最高裁判例(フジ興産事件・平成15年10月10日)では、労働者を懲戒するには、あらかじめ就業規則において懲戒の種別と事由を定めておくことを要するという考え方が示されています。

どれだけ問題のある行為でも、就業規則に懲戒事由として記載されていなければ、その行為を理由とした懲戒処分は無効と判断されるリスクがあります。

ただし、記載と周知が揃えば処分が当然に有効になるわけではありません。労働契約法15条は、懲戒が客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない場合には、権利を濫用したものとして無効とすると定めています。行為の重さと処分の重さが釣り合っているかも、あわせて問われます。

なお、減給の処分には労働基準法91条の制限があります。1回の額は平均賃金の1日分の半額まで、総額は一賃金支払期の賃金総額の10分の1までと定められています。

「具体的な懲戒事由」をどこまで明記すべきか

懲戒事由は具体的に記載することが望ましいとされていますが、すべての違反行為を一つひとつ列挙しなければならないわけではありません。

裁判例では、ある程度の包括条項(「その他これに準ずる行為」など)を認めつつも、主要な懲戒事由は具体的に列挙しておくことが望ましいとされています。

記載が不十分なケース

「会社の信用を傷つける行為をした場合」のような抽象的な表現だけでは、具体的な不正行為(横領・情報漏洩など)を根拠とした懲戒処分が無効と判断されるリスクがあります。

記載が適切なケース

以下のように、想定されるリスク類型ごとに具体的な事由を列挙し、包括条項で補完する形式が望ましいとされています。

カテゴリ具体的な懲戒事由の例
不正行為会社の金品・資産を横領・着服・窃取した場合 / 会社経費を私的に流用した場合 / 架空の経費を申請した場合
情報管理違反業務上知り得た顧客情報・営業秘密を第三者に開示・漏洩した場合 / 会社の情報を無断で持ち出した場合
競業・利益相反会社の承認なく競業他社に就職・協力した場合 / 会社と取引先の利益に反する行為をした場合
ハラスメントパワーハラスメント・セクシュアルハラスメントその他のハラスメント行為を行った場合
勤怠・規律違反無断欠勤を〇日以上続けた場合 / 上司の正当な業務命令に繰り返し従わない場合
刑事事件刑事上の犯罪行為により有罪判決を受け、会社の信用または職場の秩序に影響を及ぼした場合
包括条項前各号に準ずる程度の不正・非違行為があり、社員として不適切と認められた場合

刑事事件に関する事由の書き方には注意が必要です。逮捕や起訴の段階では有罪が確定していません。逮捕されたことだけを理由に懲戒解雇できると読める規定は、争われた場合に無効と判断されるリスクがあります。また、私生活上の行為については、会社の信用や職場の秩序に具体的な影響が生じたかどうかが問われるとされています。

不正行為対応を見据えた懲戒規定の考え方

以下は、横領・情報漏洩・競業行為など主要な不正リスクに対応する場合に、盛り込むことが多い事由の例です。
条文の文言そのものは、弁護士・社会保険労務士と自社の状況に合わせて作成してください。

懲戒事由として検討される項目

  1. 会社の財産(現金・有価証券・在庫・情報を含む)を横領・着服・窃取した場合
  2. 会社の経費を私的に流用した場合、または架空の経費を申請した場合
  3. 業務上知り得た顧客情報・取引先情報・技術上の秘密その他の会社の機密情報を、会社の承認なく第三者に開示・漏洩または持ち出した場合
  4. 会社と競合する事業を営み、または競業他社に就職・協力した場合(会社の承認を得た場合を除く)
  5. 取引先から私的に金品・便宜の供与を受けた場合
  6. パワーハラスメント・セクシュアルハラスメントその他のハラスメント行為を行った場合
  7. 勤怠記録・業務報告を虚偽に申告した場合
  8. 刑事上の犯罪行為により有罪判決を受け、会社の信用または職場の秩序に影響を及ぼした場合
  9. 前各号に準ずる不正・非違行為であって、会社の秩序または信用を著しく損なう行為をした場合

上記はあくまで検討項目の例です。自社の業種・規模・リスク特性に応じて内容を調整する必要があります。就業規則の作成・改訂は、社会保険労務士・弁護士のチェックを受けることを推奨します。

就業規則が不十分なまま処分するリスク

「実態として不正をしているのに、就業規則の不備のせいで処分できない」という状況は、現実に多くの企業で発生しています。就業規則が不十分なまま処分に踏み切った場合、次のリスクが生じます。

リスクの種類具体的な状況
懲戒処分の無効就業規則に記載のない事由での処分は、根拠を欠くものとして無効と判断されるおそれがある。地位確認や未払い賃金の請求を受けるリスク
不当解雇として争われる懲戒事由が不明確なまま解雇すると、合理的な理由を欠く解雇として争われるリスク
処分の均衡が問われる規定がない中での処分は、重さを比べる基準を欠くため、相当性の争いになりやすい
二次被害の拡大適切な処分ができないため不正が継続し、被害が累積する。他の社員への影響も生じる

就業規則の変更手続きと従業員への周知

就業規則を新たに作成・変更する場合、法律上の手続きを踏むこととされています。
手続きを省略した場合、変更後の就業規則が従業員に対して効力を持たないリスクがあります。

就業規則の変更に必要な手続き

  • 過半数組合(ない場合は過半数代表者)からの意見聴取と意見書の作成(労働基準法90条)
  • 労働基準監督署への届出(常時10人以上を使用する事業場の場合。労働基準法89条)
  • 従業員への周知(職場への掲示・書面の交付・電子媒体での共有のいずれか。労働基準法106条)

不利益変更の場合の注意点

就業規則の変更が従業員にとって不利益な変更にあたる場合、たとえば懲戒事由の追加や処分の重さの変更については、労働契約法10条により、変更の合理性と周知の両方が求められるとされています。一方的な不利益変更は効力を持たないと判断されることがあるため、変更の内容と理由の説明、従業員への丁寧な周知が重要になります。

「就業規則を変えたいが、従業員に反発されると困る」という懸念がある場合は、弁護士・社会保険労務士と変更内容の合理性を事前に確認し、説明会の実施や変更の背景の説明など、手続きを設計しておくことを推奨します。

周知の方法と注意点

  • 職場での掲示・備え付け:全従業員がいつでも閲覧できる場所に掲示する
  • 書面の交付:全従業員に就業規則の写しを配布する
  • 電子的方法:社内イントラネット・社内システムへの掲示(従業員が随時アクセスできる環境が必要)

周知したという記録の保管も重要です。周知の日時・方法・対象者を記録に残しておくことで、後に「知らなかった」という主張が出た場合に示す材料になります。入社時の就業規則の交付については、署名や受領確認書を取っておくことを推奨します。

すでに不正が発覚している場合に今すぐすべきこと

就業規則の懲戒規定が不十分な状態で不正が発覚した場合、「就業規則を直してから処分しよう」という判断が、その間の証拠消滅・不正の継続・時効の進行を招きます。

規定の整備と並行して、次の対応を進めることが重要です。

就業規則の整備と並行して進めること

  • 証拠の保全:ログ・書類・映像など証拠となる記録を先に確保する(最優先)
  • 弁護士への相談:就業規則が不十分でも取れる対応手段を弁護士と確認する
  • 対象者の業務権限の制限:証拠隠滅を防ぐため、必要に応じて情報システムへのアクセス権を制限する
  • 内部での情報管理:調査の事実を知る人員を最小限に絞り、対象者への漏洩を防ぐ

規定の不備に気づいた段階でも、まず何を保全すべきかを整理するところからご相談いただけます。

就業規則が不十分でも取れる対応手段

対応手段内容就業規則との関係
退職勧奨合意のもとで雇用関係を終了させる。懲戒処分とは異なり、就業規則の規定が前提になるものではない退職合意書の内容設計が重要。証拠があるほど交渉の材料になる
損害賠償請求不法行為または不当利得として、民事上の請求を検討する就業規則の規定がなくても、民法上の構成として検討できる
刑事手続きの検討横領・背任など刑事罰の対象となり得る行為は、就業規則とは別の枠組みで検討する証拠の強度と被害規模に応じて弁護士と判断する。告訴は受理・起訴を保証するものではない

退職勧奨については、応じるかどうかは本人の意思によります。退職を強要したと受け取られる進め方は、後に合意の効力が争われる原因になります。進め方は弁護士と確認してください。

まとめ

就業規則の懲戒規定は、なんとなく揃えておくものではなく、不正社員への対応力を左右する仕組みです。

不正が起きてから規定の不備に気づくのでは遅く、平時から整備しておくことが予防につながります。

  • 懲戒処分には、就業規則への懲戒事由と種類の記載、そして周知が前提とされている
  • 記載と周知が揃っても、労働契約法15条により、処分の合理性と相当性があわせて問われる
  • 懲戒事由は横領・情報漏洩・競業行為など具体的な類型を列挙し、包括条項で補完する
  • 逮捕や起訴だけを理由に処分できると読める規定は、争われた場合に無効と判断されるリスクがある
  • 変更手続きは「意見聴取→届出→周知」の順序を踏み、不利益変更の場合は合理性の説明が求められる
  • すでに不正が発覚している場合は、規定整備と並行して証拠保全と弁護士への相談を優先する

「規定が不十分なことに今気づいた」という段階でも、現状で取れる対応と、何を先に保全すべきかを整理するところからご相談ください。

関連記事:業務上横領の証拠がない場合

よくある質問(FAQ)

就業規則がない会社でも懲戒処分できますか?

常時10人未満の事業場には就業規則の作成義務がありません。ただし、懲戒処分を行うには何らかの根拠が必要とされており、就業規則がない状態での懲戒処分はリスクが高いと考えられます。

現実的には、退職勧奨・損害賠償請求・刑事手続きの検討といった、就業規則に依拠しない手段を先に検討することになります。あわせて、今後に向けた就業規則の整備を進めてください。

既存の就業規則に懲戒事由を追加した場合、過去の不正行為に遡って適用できますか?

遡って適用することは認められないと考えられています。改訂後の懲戒事由を、改訂前の行為に適用することはできないとされています。

過去の不正行為に対応するには、当時の就業規則の規定の範囲内での懲戒か、就業規則に依拠しない民事・刑事上の手段を選択することになります。判断は弁護士に確認してください。

就業規則の変更に従業員の同意は必要ですか?

労働者に有利な変更については、同意がなくても進められると考えられています。懲戒事由の追加や処分の重さの変更など、不利益な変更にあたる場合は、労働契約法10条により、変更の合理性と周知の両方が求められるとされています。

全員の同意が必要というわけではありませんが、変更の内容と理由を説明し、過半数組合または過半数代表者の意見を適切に聴取することが重要です。

就業規則と個別の雇用契約の内容が異なる場合、どちらが優先されますか?

労働契約法12条により、就業規則で定める基準に達しない労働条件を定めた労働契約は、その部分が無効となり、就業規則の基準によるとされています。就業規則を上回る有利な個別契約の条項は有効です。

懲戒については、就業規則に記載された内容が基本になります。個別の契約で懲戒事由を広げられるかどうかは判断が分かれるため、規程と契約書の整合は社会保険労務士・弁護士に確認してください。

光武 眞依

光武 眞依

光武商事株式会社は、探偵事務所で7年の現場経験を積み、数百件の企業案件に対応してきた代表が、法人リスクに特化した調査・研修を提供するために設立しました。

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